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大学時代の人たち(毛利)

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大学時代の人たち(毛利)


家族、地位、金、何もかもを奪われていた。
しかし毛利家嫡男という事実だけが残った。
だからこそ我はこの寮の雑音の中で静かに時を待つしかなく、それは酷く退屈で、愚かしく、無様であった。自分自身すらも許せぬ。許さぬ。
我は勉学に勤しみ苛立ちを紛らわす。そのうち心などというものも忘れ、いつしか周囲を駒と呼び、これからの自身の未来にすべてを閉ざしながら進んだ。


「あの、面接官になっていただけますか」


あれは4回生の冬の、ことさら冷え込んだ朝であった。
学んだ法律を盾に奪われた会社の持主に訴訟を起こし、勝訴した。名実共に我は毛利の頂点に立った。
それから早々に卒論も書き終え、滞りなく提出。その翌日の、共同リビングでのことであった。

「…あの、毛利君。面接の、練習相手を、していただけますか」
「断る」

女の名は知っていた。、今は数少ない屋根の下の駒の一人。それ以上もそれ以下でもない。ただの駒に過ぎぬ。

「そこをなんとか」
「我に近寄るな」
「お得な条件も提示致しますので」
「我に近寄るな、と言ったであろう」

鬱陶しい。手元にあった定規の切先をぴ、と女の喉元に突きつける。と同時に女は身を引き、射程外へ跳んだ。

「うわ危なっ…毛利君怖っ」
「ほう、避けたか…そこから一歩も動くでないわ」
「じゃあここから面接の練習相手してくれる?ちょうど距離的にもリアルだし」

女は降伏の意味の両手を挙げながら言う。
馬鹿馬鹿しい、ただそう思った。

「去れ」
「お願いします毛利君」
「去れ。我は忙しい」
「将来に役立つ事だよ。使える人材かどうかを見極める練習になるよ」
「貴様は使えぬ。内定すら勝ち取れぬ今がその証拠よ」
「少々事情があって就活できなかったんです。つい最近再始動したんですよ」
「我に微塵も関係は無い」
「ありますよ!毛利君は明らかに人を使う側でしょう、率いる側でしょう。裏切らない人間を見抜く目が必要でしょう?」

女の言い分に思わず眉根を寄せると、近くで駒の一人が珍しい、と言った。視界の端にいつもは見ない石田の姿もあった。
それに気を取られている間にも、目の前の女は挑むように、この応酬を楽しむように、そして懇願するように言葉を並べ情を訴えてきた。
その表情の豊かさが憎々しい赤紫の鬼と重なり、虫唾が走る。

「…貴様に一つ、教えてやろう。この世に裏切らぬ人間などおらぬ。その中で如何に欺き、駒として散らせるか。我はそれのみを考えて生きている。その事実ですら理解できぬ貴様はただ消えゆくのみの運命ぞ」
「でも、物事にはどんな場合であろうと例外が存在するって論理学の講義で聞きました」
「我に例外などない。そして貴様に我が手を貸す価値は無い、去れ」
「じゃあこうしようよ。今は11月20日でしょ、12月15日までに就職先が決まらなかったら毛利君の駒になる。何でもやるよ」

女はさらりと言った。

「もし捨て駒になったとして、毛利君に裏切られてもこれは自分で決めたことだから仕方ないよね、私が馬鹿だったってだけだもの」
「…貴様、己が何を言っているのか理解しているのか?貴様のような下賤な女を使う気は無い。もとより貴様の提示する条件では我に利はない」
「そうかな、タダで手駒が手に入るよ。性別は変えられないけど余計な詮索もしないし、毛利君が怖いから近付きもしないよ。距離を置くよ、ちゃんと。

 …あとは、えっと、人は必ず裏切ると言うなら、それを実行するであろうあなたを信じるよ」
「…」

ついでに炊事洗濯掃除もできるよ、と軽く微笑む女を睨む。
この女、就職如きでなぜこんなにも自棄になっているのか。理解ができぬ。関わりたくもない。

「ちなみにこれがこれからの会社面接のスケジュールです。この時期だともう一次面接すら全然入ってないでしょ?最初に言った通り、毛利君にお得感いっぱいな条件だと思います」
「………」
「練習よ、練習。会社の人間として使える人を見抜く練習ができるよ。それともすんなり通してしまって、後で盛大に裏切られるのが好きなの?」

挑発とも取れる物言いに、かえって主観が冷めていくのを感じた。この女、弁が立つ上に視線を外さぬ。よほど肝の座った者に見えるが、それでも己の道先が決まらぬという。
この場で出来て、面接では出来ぬ。となれば答えはひとつ。

「貴様は本番に弱い臆病者よ」

ぴしゃり、言い放つと、女は明らかに驚いた。
開いた口を引き結び、視線が床に落ちたのを見届けてから、図星であると確信した。

「…貴様は使えぬ。使えぬ駒を拾う意味など無い」

言うだけ言って席を立つ。すると女は素早く動き、強情にも我の前に立ち塞がった。
拳を握り、何かにじっと耐えるような沈黙を自身と我の間に置く。そのうち女はダン、と苛立ちを逃がすように右足で床を踏みつけた。

「いや、あのね、知ってるよ。分かってるよ、自分のことだもん。だからこそ使えるように見せる欺き方を毛利君から学ぼうとしたんです」
「…」
「社会の駒だろうが毛利君の駒だろうがなんだっていい、大逆転してやる。
私を呼び寄せ家事全般と相談相手をさせたくせに就職すらできない寄生虫と毎日罵倒した家族をぶっつぶす。絶対に許さない。それだけでいい。就職する。それだけ果たさせて」

顔を上げた女の、その目を見た瞬間、気付いた。
女は自棄になっているのではない、ただ勝つ事それだけを狙っているのだと。己の未来ではなく今現在の自尊心の為だけに我を利用しようとしている。それが最良の策であると考えている。

「分かってもらえなくていい。君が同情する意味なんて無い。今はただ、あなたの冷たさが欲しいだけなの。私は、…わたしは、…ワタシは! 勝ちたい!!」

そのための選択がどんなに賢しく、また愚かであるかを自覚している。叫んだ女は我を見据えながら息を整え、返事を待つ為に静かに口を噤んだ。

強烈な光を持ちながら、それを隠して生きる愚か者。賢しき愚者。負けぬ敗者。なんと馬鹿げたものに留められてしまったのだろう。
意図的に重く長い沈黙を作り、我は全ての選択肢における利害を計算した。そして答えを弾き出す。言葉を選択する。その前にひとつ、溜息をついた。

「…………貴様にくれてやるものなど何もない。我を相手取るのならばそれ相応の傷が付くことを知れ」
「はい。覚悟はできてま……えっ?相手してくれるの?」
「身の程知らず。勘違いをするでない。手駒は多い方が良いと判断しただけのこと」
「やったあ!!!!ありがとう!!!!」

女は先ほどの態度とは一変し、諸手を挙げて喜んだ。
情に忙しい女を疎ましく思ったが、その後何度か面接相手をすると恐ろしく冷静であり、また学業で得た知識を説明することに慣れていた。多少穴はあるが虚偽は無かったと判断する。

こうして女…は我の記憶に残った。
我は女を通して理想の捨て駒のイメージを固めていき、今後己の配下に相応しい駒を集めてゆく事を決意する。

12月15日、女は複数の内定を勝ち取った。その中でも近郊の、それなりに名の知れた所に勤めるという。
これで我は手駒を失った事になるが、同時に責務を果たしたという些細な達成感のようなものを得ていた。

第一の機は熟した。次の手を打つために喜色満面で報告をする女の頬をすっと撫でる。女は一瞬にして固まった。

「────そなたは」

我自身が他人に触れることなど無い。だからこれはただの気まぐれだ。そしてこれからの長きに渡る策でもある。そうでなければ何の意味もない。

「途方に暮れながらも、消えそうになりながらも、陽の当たる世界を歩むのだな。ならば我の駒として生きる価値はある」
「…」

ぱちくりと瞬きをする女の目は驚きで星を散らしているように見えた。かと思えば無表情の我だけを映している。
視認できるほど近くにいながら途方も無く遠くにいる。真昼の太陽に圧されながらも存在する白き星のようだと思った。

「あー…そうだね、職を失ったら転がり込もうかな。その時になったらぜひよろしくお願いします」

へらり、笑う女はみずから職を辞するようなことは決してしないだろう。そのような気概があることは計算済みだ。
果たさぬ言葉を紡ぐことで逃げたつもりでいる女を、このまま逃がす気は無かった。
我の駒として十分な力を身に着けるまで、せいぜい己の仕事に励むが良い。

(餞別には面接時の問題点を書き連ねた文書を送った。後日、面接官としての問題点を書き連ねた文書と、翡翠色の飴玉が送られてきた)


 

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