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酒に酔う(明智)

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酒に酔う(明智)

明智さんとお酒を飲むお話(血液表現・非日常設定注意)


  「さん。今晩、いかがでしょう」

花の金曜日だからといって浮かれていた。
エレベーターに二人きり、階数ボタンを凝視しながら背後の気配に冷や汗を流す。
 「もちろんお金の心配はいりませんよ」
後ろを見なくとも彼が薄笑いしているのが分かった。
あの透き通った青白い肌の、紫色の唇が、ニイと弧を描いているのが脳裏に強く浮かんだ。
ごくり。己の喉を震わせる。階数ボタンから目を離せずにいた。

「…あの、明智さん」
「おや?違うでしょう?」
「…あ、明智くん。どうしても、なのかな」
「あなたのお好きなタイミングでも良いのですが、今日はなんだかその気分なんです」
「何本くらいの予定でしょうか」
「もう退勤ですから、これから一緒に選びましょう。
 明日はお休みなので、好きなだけ飲めますね」
「あまり多くは…」
「フフ…酔ってしまえばわかりませんよ」
背後からすう、と細長い腕が現れた。節くれだった指先が1階のボタンを押す。

「それより貴女、まださん付けを卒業できないのですね」
ふわりと香る濃密な花の匂いに、「ごめんなさい」と静かに目を閉じた。



「ほう、今日は梅サワーですか」
「ウーロンハイと柚子蜜サワーも入れたよ」
「どれも度の弱いものばかり…いつまでも謙虚ですねえ」
これもいかがでしょう、とカゴの中に入れられたのはアルコール度数の高いスパークリングワイン。お値段もスーパーにしてはそれなり。
「そんなの飲んだら酔っ払っちゃうって」
「今さら何をおっしゃいますか。さあ、行きましょう」
明智くんはお酒が入った重いカゴをあっさりとレジに持っていき、これまたあっさりと支払いを済ませて戻ってきた。 今でも奢ってもらう事に抵抗はあるものの、「あなたが美味しく飲むための投資は惜しみませんよ」と小首を傾げて笑われてしまえば、もうそれきりだ。
明智くんはもう何も聞かないし言わせようともしない。
親しげに笑いながらごく自然に拒絶することを、彼は得意としていた。


織田貿易会社の企画運営部、明智光秀くん。
会社の同僚である彼は、時折こうして私に声をかけて酒を買い、自宅に招く。
とはいえ彼と私は恋人同士という仲ではなく、ただ一緒にお酒を飲むだけの関係である。
ほんとうにただ一緒に飲むだけの付き合いである。
…ただちょっとだけ、特殊な飲み方をするだけだ。

「グラスは冷やしておきましたので、どうぞ買ってきた中からお好きなものを」
「ど、どうも…」
「さて、私は…今日は気分が良いので年代物をいただきましょうか。その前に軽く夕飯を。悪酔いしてはいけませんからね」

対面式のキッチンカウンターの内側へ向かった彼は、「昨日の残り物ですが」と様々な小鉢をテーブルの上に乗せた。
それらは不自然なほど量があり、普段私が夕飯に食べているものよりずっと豪華だ。
「本当に昨日、これを食べてたの?」
「味見程度には食しましたよ。さんと頂いた方が美味しいと思いまして」

ナチュラルに下の名前を呼び、にこにこと笑う明智くんはさあお食べなさい、と箸を渡してきた。いつの間にか私専用になっているものだ。 ただの飲み友達なのにこれほどの好待遇でいいのだろうかと思いつつ、目の前の美味しそうな料理には敵わない。
「いただきます」と手を合わせれば、彼は狐のような細い目と紫色の薄い唇をもっと細くして笑った。



「そろそろお酒を飲みましょう」
「…じゃあ、今日は私が注ぐよ」
「おや、珍しい。ではこの1本をお願いします」

明智くんは買ってきた安いお酒には一切手をつけない。これらはすべて私用に購入したものだ。
彼自身は自宅に保管している赤ワインだけを口にする。
私は安いお酒で充分満足するし、明智くんは赤ワインだけしか受け付けない。
お互いに好きなお酒を飲むという、暗黙の了解がここにあった。

「うーん、やはりこの香り…いいですねえ…さあ、乾杯しましょう」
「…」
私は梅サワーのグラスを、明智くんは赤ワインのグラスを傾ける。
チン、と小気味いい音が響いた。 それからはずっと飲み続ける時間だ。
私は段々お喋りになり、仕事の愚痴や最近気になっていることなどを話し出す。
明智くんはワインを呷りながら黙ってそれを聞いている。時折毒舌を交えながら。
私はそれを笑い飛ばしながら。
好みが合うわけでもないし、考え方もまるで違う。けれどもとても心地のいい時間だった。

さん、お顔が真っ赤ですよ。そろそろ頃合でしょうか」
「うー…今日はあんまりその気じゃないんですけどー」
「何を仰っているのでしょう、私はこの時を待っていたのですよ」

心拍数に比例して体温が上昇し、私はすっかり酔っていた。
対する明智くんはいつもと全く変わらず、唇も相変わらず紫色のままだ。
本当に私より飲んでいるのか疑わしいくらいに。

「では、頼みますよ」 そう言って出されたのは小さなナイフ。
私はそれまでだらしなく笑っていた口をきゅっ、と引き締めた。
これから行われるのは『儀式』だ。そしてこれが「ちょっとだけ特殊な飲み方」でもある。
ナイフに加えて脱脂綿と消毒液、絆創膏も準備してある。あとは私の覚悟だけだ。

「…数滴だけですからねー?」
「いいえ、たくさんお願いします」
右手で持ったナイフを左手の人差し指の腹に当てる。一呼吸置いたあと、スッとそれを引いた。

「っ……」

ぴりりとした痛みの後に深く割れ、浮かび上がる赤い一線。
差し出された赤ワインのグラスに滲み出る赤を注ぐ。

「ほんとこれ、毎回痛いんだよね。嫌なんだけど」
「フフ…苦痛に歪む貴女の顔は最高のつまみになります」
「なんでそうなるのかな…至近距離で紫外線照射してやろうか!」
「おお、怖い怖い。お酒が入ると口が悪くなりますね」

さらに数滴絞り出したところで明智くんにグラスを渡す。
彼はそれをゆらゆらと揺らして混ぜ合わせ、まずは香りを楽しんだ。
「ほう…」と恍惚の表情を浮かべる。
「フルーティーな香りがしますね。最近はフルーツを多く摂取しているのですか?」
「………ちょっと、食物繊維が欲しくて、ドライマンゴーとか色々…」
「見たところお肌の艶もいいですからね。良いことだ」

鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌なところを見ると、今回の『儀式』の出来は上々らしい。
グラスに口を付けた彼はそのままごくごくと飲み干してゆく。
揺れる喉仏をぼんやりと見ていると、あっという間に空になった。
ふう、と何とも色めきだった一息をついた明智くんはすぐさま次の一杯を入れる。
 私は作業のように人差し指から流れ出る血液をぽたり、ぽたりと注ぐ。

「やはり貴女の血はとても美味しいですね。何度飲んでも飽きない」
「…」
彼の唇は私の血入りのワインを飲むごとに紫から毒々しい紅色へと変わっていく。
私はその変化を見るのが『儀式』の唯一の楽しみだった。

なぜこのようなことをしているのか。

 …実は、会社の同僚である彼は人間という枠から少し外れていたりする。
俗に言う「吸血鬼」という存在である。
その中でも日光に強いデイ・ウォーカーという種類で、これは太陽を半克服した吸血鬼らしい。
信じられないとは思うが、彼の体質を私たちの会社の主・織田信長社長は知っているのだという。
 社長がすでにどこか人間離れした雰囲気を持っているというのもあり、私は案外あっさりとその事実を受け止めた。
なにより指を書類の端で切った際、 「美味しそうな血の香りが…失礼」と手を取られて貧血で気絶するほど血を吸われた経験があれば嫌でも認めざるを得ない。 人でないものは存在するのだ。
運のないことに、私はそれと出会ってしまった。

それから私たちは『儀式』をするようになった。
普段からあまり血圧が高くない私は酒に酔って血圧を上げ、その上がった分を明智くんが飲む。
私は自衛を、明智くんは渇きを潤すために飲む。
そのためのお酒であり、『儀式』のための飲み会でもある。

「ああ、美味しい、美味しい…」
「明智くんってお酒飲むと変態度が増すよね」
「フフ…貴女の血を飲むとそうなるのですよ。なんと言いますか、元気が出ますね」
「うわっやめて!会社でそれ言ったら許さないから!それ完全にセクハラだから!」
「気を付けておきましょう、うっかり口が滑ってしまったらご愛嬌」
彼も私も酔っていて、二人して笑っている。とても楽しく、狂わしい『儀式』だと思った。
人差し指は明智くんが傷口を舐めるとなぜか跡形もなく治ってしまう。
いつもその行為だけがどうしても慣れなくて、最後に残ったお酒をあおって感覚を鈍らせていた。その頃には彼の唇も目の色も血色のような紅色となっている。
元々全体的に色素の薄い彼はますます妖しく、女の私でも目を見張るほど美しくなっていた。


「ご馳走様でした」

私の血を堪能した明智くんは満足そうに手を合わせる。
これにて『儀式』…飲み会は終了だ。壁の時計を見ると、10時に差し掛かるころだった。
「あー…帰ろうかな」
「少し休憩された方がいいのでは」
「今日はそんなに悪酔いしてないし…終電逃したくないから…」
 席を立つと一瞬ぐらりと視界が揺れるが、意識と足取りは思ったよりもしっかりしている。
空いた缶や食器を簡単に纏め、上着と鞄を持って玄関へ向かうと、明智くんは玄関先まで見送りに来た。
「ごめんなさい、片付け手伝わなくて。ご馳走様でした」
「一人では帰れないでしょう、お供いたしますよ」
「大丈夫です。夜道を吸血鬼と歩くのはさすがに色々とアレなので」
「隠せているのですから良いと思いますけどね」
「大丈夫です。結構です。一人で、帰れます」

散々楽しい時間を過ごしておきながら、私はこれ以上吸血鬼の彼と仲良くなることを恐ろしく思っていた。必要最低限の自衛をしなければいつか彼に殺されてしまうだろう、そんなことを考えていた。きっぱりと断ると、彼はひどく残念そうな、それでいてどこか楽しそうな顔をする。
この人は言葉や物腰こそ丁寧だが、表情はそれとはちぐはぐな事が多い。

「ああそうだ、明智さん」
「違うでしょう?」
「…あっ、えっと、明智くん…そういえば明日の天気予報は晴れだって言ってたよ」
「ああ、わざわざ確認して下さったのですか。嬉しいですね、ありがとうございます。気を付けたいと思います。それでは、お気を付けて」
「…おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
会話中ずっとこちらを案じるような顔をしていたが、弧を描いた唇がそう思っていないことを語っていた。



 夏の夜となると蒸し暑いものだが、今日は夜風がひんやりと冷たかった。
明智くんの家から駅までは人気の無いところを少し歩くくらいなので、これなら駅に着くまでの良い酔い覚ましになる。
腕時計をちらりと確認してから、空を見て歩いた。

そんな油断がいけなかったのだろう。

背後から突然照らされるビームライト。
誰かの叫び声のようなもの、急ブレーキの音、振り返るとすぐそばに車。

男の人の驚いた顔、真っ白になる頭、すべてがスローに感じられる世界。




『私はこれから車に跳ねられて死ぬ』



そんな文章が見えたような気がした。

…瞬間、誰かに抱き留められた。


銀の髪がさらりと私の頬に触れた。 男の人だ。私の好きな匂い。
車に向かって突き出された腕。
無音でへこんでゆく車は私達の右側へと方向が逸れ、ゆっくりとカーブミラーに激突してゆく。
バリバリと壊れる轟音が鼓膜に届いたところで、スローモーションは終わった。
世界が速度を取り戻す。呼吸を忘れていた。

「全く、目を離すとこれですからねえ」
面倒そうな声が頭上から落ちてきて、私は思わず顔を上げる。
「お怪我はありませんか?」
「あ、明智…くん」
さっき別れたばかりの彼がそこにいた。
慌てて離れると、彼は腕を伸ばして私の頭をぽん、ぽんと叩く。
「夜道に吸血鬼は必要でしたでしょう?」
「あ…えっ、」
「貴女、危うく車に跳ねられて死ぬところでしたよ」
あっさりと言われ、ようやく頭が働き出した。
同時に言葉にならない恐怖が全身を支配し、力が抜ける。
明智くんはまた私を抱き留めた。
「大丈夫ですか?」
「あ…あっ、えっと、私は大丈夫、大丈夫、大丈夫だけど…そ、それより救急車!」
焦りながら携帯を取り出し、119を押す。
すると明智くんはその手首を掴んだ。
「放っておきましょう。加害者は死ぬほどの怪我ではありませんよ」
「えっ…」
「貴女はなぜあの車が突っ込んできたのか分かりますか?」
「えっ…えっ、でも、」
携帯と明智くんを動揺しながら見比べる。
彼はニコリと笑い、「少々お待ちを」と言って車から這い出た男の人に近付いていった。

「う…あ…ちくしょう…テメー……」
「頭から血を流していますね。皮膚が切れたようだ。呼吸が早いが肺周りは打撲程度でしょう。 足は骨折しているようですが命に別状はありません。あとはガラスで腕が切れているくらいですか。しかし…」
スッとしゃがみ込み、男の人の首元に手をやる明智くん。
そのままずぶりと指を食い込ませた。
男の人はうめき声を上げながら必死に抵抗をする。
しかし明智くんは眉一つ動かさない。
男の人の顔はみるみる皺が増え、白髪が生えてきて、……やっとその意味を理解した。

明智くんが吸血しているんだ!

「やめて!明智くん、やめてってば!!」
「やめる?何故ですか?血を調べてみたところ、この男は酒を飲んでいます。酷く不味いものだ…。 飲酒運転をしていて、よりによって私の大事な血液を持つ貴女に突っ込んできた。こんな人間は生きる価値も無い。やめる理由が何処にあると言うのでしょう?」
「うあっ…ああああああ!!!!」
「いいからやめて!!私はそんなこと望んでないから!!!」
「本当にそう思っているのですか?ひとつ間違えれば貴女が命を失う所だったのですよ?」
「血なら私のを飲めばいい!死ぬほどのことじゃないよ!その人はちゃんと生きてる!間に合う!」
最後の方は何がなんだか分からなくて、言葉になっていなかったと思う。
二人の元へ駆け寄り、明智くんの腕を必死に引っ張る。ビクともしなかった。
「……理解できませんね。しかし貴女にストレスを与えると血が不味くなる……ここは貴女を立てておきましょうか…それとも…いや…」
何かを考える素振りを見せた明智くんはやっと手を抜き取り、代わりに男の人の髪を鷲掴みした。
「あなた、まだ生きてますね?ご自分で説明なさい。私たちに遭遇はしなかった。飲酒運転をして電柱にぶつかった。被害者も誰一人としていなかった。連絡した人も見なかった。それでいいですね?」
息も絶え絶えな男の人はあ、う、と二、三声を出し、涙を流しながらコクコクと頷いた後に気絶した。
明智くんは無言で立ち上がり、遠くに落ちていた携帯電話を拾って救急車を呼んだ後、男の人の近くに投げ捨てた。

「これでいいでしょう」
「………」

あなた狂ってる、とは言えなかった。もとよりこの人は人間じゃなかった。
人間はただの食糧で、私はたまたまその薄紫色の口に合っただけの存在だ。
だから立ち上がる為に差し出された手も、その冷たさも、絡んできた指も、その意味さえただの戯れだ。
明智くんには慈悲、なんてものは無いのだろう。

「おお、怖い怖い。貴女、死を見るような目つきをしていますよ」
「……」
「死ぬのは怖いですか、悲しいですか?」
「なんでよりによって今、そんな事を聞くのよ」
「今だからこそ聞くのですよ、ああ、信長公もあの男のように無残に、惨めに地を這って死ぬ時がくるのでしょうか」
楽しそうに笑う明智くんに連れられ、再び夜道を歩く。
絡んだ手と指は離されないままだ。
「…明智くんは私を殺さないの?」
「殺しませんよ。お望みならすぐに手を貸しますが、死にたいですか?」
「いいえ、死にたくはないです。殺されたくもありません」

私は就職してから、次は好きな人と普通に恋愛をして、結婚をして、子供を育てて、おばあちゃんになって、普通に死んでゆくのだと思っていた。
それが今現在はどうだろうか。
私の命はじわりじわりと明智くんに蝕まれ、いとも容易く奪われるまで接近されている。
こんなはずじゃなかった。唇を噛む。

 「貴女に死なれては困りますねえ」
さらりと揺れる銀色の髪は夜でも薄く光っているように見える。
私の手を引いて少し前を歩く彼は鼻歌を歌うほどに上機嫌だった。
「…他にも明智さんの好み血を持つ人はいると思います。いつでも、いくらでも」
「そんなに距離を置くような言い方をしないで下さい。それに私は必ず貴女を選びますよ。信長公の血も中々美味なのですがね…フフ…」
「どうして私に執着するの?」

耳を掠める鼻歌の旋律は彼らしくない、私の好きな洋楽歌手の、少し古びた愛の歌だった。
背の高い彼の大きな歩幅は私に合わせて狭められている。
いつの間にか私の好きな香りを身に纏っていた。

気が付かなければよかった。

「貴女はご自分のこと、お嫌いでしょう。貴女の血は死の香りがします。しかし口に含むとそれでも生きたいという希望の味がするのです。その豊かな矛盾が気に入りました」
「…」
「生きることに不器用すぎる貴女には、私くらいの狂人が付いていた方が色々便利だと思いますよ?」

いつの間にか歩みは止まっていた。
薄暗闇でも鈍く光る彼の瞳は普段の灰色を帯びた茶ではなく赤味を帯びている。美しい、紅色。 「明智さん、」
「違うでしょう?」
「…明智くん」
「次からはぜひ光秀、と呼んでください。貴女には私の永遠を捧げましょう。  逃げても無駄なのは十分承知のはずですよ、

これは一体何なのだろうか。
夢であってほしいとも思うし、どうしようもない現実であるとも感じている。

「いいですね?」

有無を言わさぬ一言に、私は今夜で自分の一生が決まったことを悟った。
平和な人生。無難な人生。平穏以外に何もいらない。
静かに暮らす人生がただ欲しかっただけなのに。

「…吸血鬼には、なりたくありません」
「約束しましょう。気が変わらないうちに制約の儀式もしましょうか?」
「私は普通の暮らしがしたいです。海にも行きたい」
「基本的に長時間はいられませんが、貴女の血で強化できれば、まあ大丈夫でしょう」
「死にたくありません」
「殺しはしませんよ。何も心配することはありません。望むのであれば永遠はいつでも得られます」

「………老いても、嫌いにならないでください」

「私は貴女が好きですよ。そうやって不安を口にして、いちいち確認をとる貴女の弱さや脆さはとても面倒です。一方でなぜかとても愛しく感じられます。美醜はまあ…貴女はもう少し肉を付けると美味しそうなのですが、気にすることはありませんよ」

なにをそんなに怖がっているのですか。
彼はひどく優しい声で私を真正面から抱き寄せた。
好きな匂い、好きな声音、心地いい言葉。いつの間にこんなに近くまで。
何も考えられなかった。頭がぼうっとする。
これも吸血鬼の能力の一つであることは前々から知っていた。
でも、心の奥底の、この疼きはどうにもならない。

私はもはや、この優しい人でなしが構ってくれなければ生きていけそうに無い。
諦めて目を閉じる。

「…ねえ、もうちょっと痛くない吸血の仕方は無いんですか」
「ありますよ。許可してください。たった一回、頷くだけでいい。『いいですね』?」

 もうすっかり観念し、顔を上げてこくりと頷けば、彼は三日月のように細く笑った。



「ああ、これで貴女は私のものだ!」


吐息混じりの感嘆と共に落ちてきたのは彼の口づけ。
角度を変えて何度も貪られる。
こんな夜更けにこんな道端で何をしているのだろう。
必死で応えていると、彼の舌はほんのりとお酒の味がした。

ああ、酔っている。酔っているのだ。私たちは。
それならば仕方がない。 酔った勢いということにしておいて、彼の首根にゆっくりと縋り付いた。





(酔いどれの闇に任せ、私達はかりそめの永遠を誓った)
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