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折っていく人(共家毛利)

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折っていく人(共家毛利)

元就様がひたすらもやしを折っていくはなし



いつまでこの共同生活を続けるのだろう。
その疑問を持つことは、この美しい男たちとの間ではいわゆるタブーに属していた。
忙しい日々で忘れがちだけれど、たまに思い知らされる。

 

私は元々、大学生時代にもう少し大勢の人達とシェアハウスをしていた。
各々が実に大学生らしい堕落した生活を送った結果、
四回生になる頃に残ったのが娯楽や怠惰からは程遠い毛利元就と石田三成、そしてそれらの大学生らしさに対してあまりに保守的すぎた私の三人だった。
就職先が決まってから会社近くの家探しに疲れ果て、「いっそのことまたシェアハウスしようかな…」と投げやりに呟いた言葉に二人が乗ってきたのがすべての始まりだ。
あれだけ探しても見つからなかったのに、その日のうちに引越し先が見つかったのをよく覚えている。(後で聞いた話だが、二人の会社も近くにあったので都合が良かったらしい)

他人すべてを信じなさすぎる元就様に、身内すべてを信じすぎる三成。人間の適応力とは恐ろしいもので、極端な二人の間でバランスを取ろうとしているのか、自分の主張(主に折衷案)も素直に出せるようになった。今では時々ヒヤリとしながらも居心地のよい生活を送っている。

「平和ですね」
共同リビングでもやしの頭としっぽを取りながら呟いた。向かい側で同じ作業をしている元就様が視線だけこちらに寄越す。
彼は今日、有休を取って自室で「参戦情報はまだか…もうよい、我が出る!」と静かに怒っていたのだが、しばらくすると何かを悟った顔をして出てきた。暇になったのだろう、いつもは我関せずの夕飯の下準備を手伝ってくれている。

「元就様、真ん中から折っちゃダメですって」
「我に指図するでない」

その形から矢か何かと勘違いしているのだろうか、よく見ると彼はもやしを3本纏めて真ん中からへし折るという謎の作業を何度も繰り返している。そのたびに指摘しなければならないので、遺伝子レベルでめんどくさい。

「短いもやしは食感を半減させます。強い火力に耐えられません」
「貴様が上手く捌けばいいだけのこと」
「元就様がもやしの兵力を削らなければもっと美味しい結果を献上できますよ?」

我ながらいい返しだ、と微笑めば、彼はちろりとこちらを見たあと「失敗は許さぬ。…よいな」と丁寧に正しい作業を始めた。
学生の頃から謀神だの氷の面だの、最近では能面系男子だのと噂されている彼は言葉でのコミュニケーションを好む。もちろん彼にとって都合のいい相手であることが大前提だし、その大前提ですら大半の人間には奇跡でも起きなければかすりもしないのだけれども。ちなみに元就様が敬称付きなのは、毎月の家賃や光熱費等の諸経費の端数を彼が出してくれているからである。寄らば大樹の陰。

「そういえば、元就様にラブレターが届いてますよ。こないだ元就様が店に来てくれたときに一目惚れしたお客様が渡してほしいって」
「いらぬ」
「可愛らしい5歳のお客様なんですけど」
「…尚のこといらぬ」
「目鼻立ちが整ってたし、きっと美人さんになるだろうなあ…」

掘り下げようとすると目に見えて不機嫌になった元就様に、慌てて「分かりましたよ、でもほら、渡しておいたっていう事実は必要ですから」と念を押す。
こういう事はきっちりしていないと後々困ってしまう事を経験的に知っていた。

「ああ、でも一目惚れかあ…なんかいいなあ」

ふう、と一息吐いた後、本当になんとなく出た憧憬の言葉に自分でも驚く。
それを聞いた元就様が静かにもやしを折る手を止めた。
何かを考えるような沈黙が続く。なんだか嫌な予感がしてきた。

「…貴様にもそんな経験があるのか」
「手が止まっていますよ」
「質問に答えよ」

今の一言になぜ尋問スイッチが入ったのだろうか。
慌てて手元のもやしに視線を落とす。

「…いやー、えっと、…一目惚れしたことは無いですけど…」
「…」

必死で言葉を探す。本当でなければ嘘でもない、雰囲気に飲み込まれたりもしない。
目の前の支配者にとって、最良の言葉を。

「……されてはみたいですね。どんな気分なんですか?」
「興味などない」
「つまんないの」

これ幸いと口を尖らせ、これ以上の会話を拒否する。
引く手数多なくせに恋愛には全く興味の無い元就様や三成ほどではないが、恋愛話をするのは苦手だった。
向かいの元就様も面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らし、手を伸ばしたザルからもやしを3本取りだす。

 


「……もし、貴様がその一目惚れとやらをされたとして」
「?」

 

ぽきり。
一本目を真ん中からへし折る。

 

「それが貴様にとってまたとない良縁であったならば」

 

ぽきり。
二本目のもやしをへし折る。

 


それから手を止め、ゆっくりとした瞬きをひとつ。
息を飲むほど美しく、ぞっとするほど無表情で、彼はこちらを見据えた。

 

 

 


「その男は我と、石田にとっての侵略者となるな」

 

 


ぽきり。

 

声が出なかった。

折られたもやしはぞんざいにもう一つのザルに入れられた。
ぽきり、ぽきり。元就様は再び丁寧に頭と尻尾を取る作業に戻る。
私は何と言ったらいいのかわからなくて、その手を目で追う。いとも簡単に取られる頭と尻尾が何かを暗示しているようで、恐ろしかった。

「どうした。手が止まっているぞ、

先ほど私が言った言葉を返され、無言で作業を再開しながら考える。
超現実主義者の毛利元就なら、この奇妙な生活にいつか終わりが来ることも知っているだろう。それはすなわち、この三人で生活する必要が無くなった時だ。

というか、そもそも三人で住む必要はないことは分かっていた。学生時代も彼らとは全く接点が無かったし、今よりもっと冷たくあしらわれていた。顔を合わせたくない、胃が痛いと思って帰りたくなかった時もあった。

それでも彼らは時折こちらに対して手を貸してくれたのだ。

例えば風邪を引いたとき、ドアノブに風邪薬と栄養ドリンクが2袋掛かっていた(テストの時期だったから風邪をうつされたくなかったのかもしれない)。例えばゴミ出し当番の時、量が多いので数回に分けようと思って取りに行くと、いつの間にか大きな袋が数個無くなっていた(目に見えて邪魔だったのかもしれない)。例えば友達との飲み会で終電間際になったとき、「あいつらに回収して来いと言われた」と官兵衛さんが車で迎えに来た時もある(戸締り当番が私だったからかもしれない)。あの時は官兵衛さんの事を友達に説明するのが大変だった。

どれも自分達の都合の為にしたことだろう、とも考えられる。それでも私にとって助かっていることしかしなかった。ルームメイトが大勢いた頃は他人に対してあんなにも無関心で、非情で、排他的だったのに。分かりにくすぎるのだ。とにかく、笑ってしまうほどに。
だから私も二人とのルームシェアを決めた。就職先で既に将来を期待されている二人だ、彼らは彼らで大きな思惑や理由があるのだろう。私はこの美しく排他的な二人にとって「いてもいい」と思われたのならば、それでいいと思う。都合が良かろうが何だろうが、私は二人のことをすごく気に入っているから。

 

「……なんだか、娘を嫁に出したくないお父さんみたいですね」

言うか言わまいか何度も逡巡してから、覚悟を決めて口に出してみた。すると待っていたように溜息をひとつ。

「貴様の様な不出来な娘を持った覚えはない」
「わお、お約束」

目の前の静かで綺麗な男は何もかも切り捨てるふりをして、どうとでも取れる言葉で留めておこうとするのをよく知っていた。
まるで興味のないふりをするのが得意なんだ。本当は、たくさんの心を抱えているくせに。
そんなところに気付く人間がこの世にどれだけいるのだろうか。


なんだか無駄にひやりとさせられた気がして、
元就様の夕飯には彼自身が折った短いもやしをたくさん入れてやろうと思った。

 

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