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三成が干渉してくるおはなし
「ちょっと仕事関連で作業してて」
「そこで為せばいいだろう」
「自分の部屋で集中したかったからさ」
「…」
全く納得がいかない、という表情にこちらも納得がいかない。
「テーブルは三成が使っていいよ」
「私は使わん。貴様が使え」
「……うーんと、じゃあ、使うよ」
譲り合いを続けた場合、彼が決して引かないのは明らかだ。私はすぐ降参したように両手を挙げる。
ものすごく、とてつもなく、どうしようもなくポジティブに考えて、
三成にとってはいつもと違う様子の私を気にかけてくれたということにしておこう。
共用テーブルに必要な物ごと移動すると、それを見届けた三成は自室に戻った。
かと思えば本を数冊抱えて出てきて、私の左側のL字席に座る。
さっきは使わないって言ったくせにと文句を言いそうになるも、唇を尖らせただけでなんとか堪えた。
「…何か飲む?」
「いらん」
「じゃあ私は紅茶淹れようっと」
「珈琲」
「なんだよ、やっぱり飲むんじゃん」
今度は堪えきれず苦笑しながら席を立ち、それぞれの用意をして電気ケトルを傾ける。
三成は元就様と同じく緑茶派だけれど、就職してからはブラックコーヒーを愛飲していた。
「はい、どうぞ」
読書に夢中な彼のそばにカップを置き、自分も紅茶を置いて座る。
何度見ても埋まらないシフト表に再び目を落とし、紅茶を一口飲んでから作業を始めた。
「…」
少し考えて書いては消し、また考えて消しては書く。
それぞれ雇用条件と休日希望日が違うので、全ての条件を満たして空欄を埋めていくのはパズルみたいで面白かった。
ただ、来月はそれぞれの休日希望日が多すぎてどうしてもうまく噛み合わない。
人手が全く足りないからと妥協して融通が利きすぎる契約をした会社と、
それに最大限甘んじて掛け持ち先を最優先するスタッフ達の間で私は頭を悩ませていた。
ピースの合わないパズルは永遠に完成することはない。考えているうちに、関係者すべてに黒々とした感情が湧いてきた。
ああ、なんて世の中自分勝手。
普段浸ることのない感情と思考をふつふつと煮詰めていると、突然傍でバン、と鋭い音がした。
三成が勢いよく本を閉じたのだ。
驚いて顔を上げると、彼は私の左手首をぐいっと掴み、勢いよくテーブルにねじ伏せた。
「耳を塞ぐな」
「…!」
確かに、いつの間にか両耳を塞ぐような姿勢を取っていた。
目の前の事物や思考にあまりに集中しすぎるとこうなるのだが、どういうわけか三成はこの姿勢を見つけるたびにこうして否定している。
「鬱陶しい」
「すいません」
左手は離されないままだ。むしろギリギリと強く掴まれている。
痛みに顔をしかめたが、三成はさらに力を強めた。
「貴様はおちるな」
「え?」
「…貴様は中庸だ。おちる事は赦さない」
「…?」
呆然としながらおちるな、の意味について考えていると、ふいに手首が軽くなった。
三成が抑えていた手でシフト表を取ったのだ。
慌てて取り返そうとすると、腕の長い彼は届かない位置にまで遠ざけてしまった。
腕を揺すってもびくともしない。
「ちょっと、」
「……2日にAを入れ15日と16日の二人を交換し19日に貴様が休め。代わりにCを入れ翌週のCにDを当てろ」
あっさりと返ってきたシフト表に、少しして言われたままを記入してみる。
出来上がったそれに破綻はなかった。何度も見直し、呆然と眺める。
「刑部が言っていた。盤上で流れを滞らせる者は早々に排除するべきだと」
そう言ってコーヒーを飲む三成。発言は物騒だけど、確かに一番複雑な条件の人以外で組み立てていけば最後にうまく噛み合うようになっていた。
彼も、彼の周囲の人間も頭の回転が速いことを思い出す。
負けた。
勝負していた訳でもないのに、そう思った。
自分が何日も何日も悩み続けていたものを、全く関係ない人間が一目見ただけで、こんなに簡単に解決されるなんて。
「……くやしい」
「暗愚な貴様が出来なくて当然だ」
「来月は絶対一人でやるもん」
「勝手にしろ。二度は無い」
悩み、不満を募らせていたあの数日間は何だったのだろう。悔しくてたまらなくて、赤くなった左手首を右手で押さえる。
今の私は負けず嫌いな性格を隠せていないし、二人の前でこういった我を出すことは幼稚に感じて恥ずかしい。平常心になるよう、葛藤する。
「………ありがとう」
個人的な葛藤とは別で、助かったのは事実だ。
苦し紛れにぽつりと礼を言うと、三成はふんと鼻を鳴らして再び本を開いた。
午後に、二人で海を見に行った。
半インドア派な私や全力でインドア派の元就様とは違い、三成は休日も外出することが多い。
彼自身は出張が多く、会社に泊まることも多いので、こうして休日が重なるのも実は珍しい事だった。
穏やかな波打ち際を横切って歩く。秋が終わり、冬が来ていた。
私は夏の照りつける暑さよりも、これくらいの肌を刺すような寒さの方が好きだ。ずんずんと先を歩く三成の靴跡をなんとなく追う。
「もう年末だね、今年就職してからあっと言う間だ」
「…」
「…この時期はやっぱり寒いなあ。でも景色がきれい」
「…」
「…」
三成が沈黙したまま歩くので、適当に言葉を探していた私もそれに倣うことにした。
彼の足跡は真っ直ぐで迷いがなく、それに歩幅が大きい。
付いていく人間は歩くというより、駆けなければならない。
彼と一緒に歩くためには空が飛べるほど身軽でないといけないのだろう。
間隔が不自然なほど綺麗に揃っているのは、きっと彼の中の規律に彼自身が従順だからだ。
まるで君主の下で兵を束ねる戦国時代の武将のように。
そんなふうに勝手な分析をしながら飛び石のように夢中で追っていると、ふと彼の靴先が目に入った。
顔を上げてギョッとする。三成はいつの間にかこちらを向いており、思っていたよりも近い距離で私を見下ろしていた。
「貴様は 視野が 狭すぎる」
ゆっくりとした発音で最も言われたくない言葉が降ってきて、私は瞬きを繰り返した。ついでにえ?と疑問が零れる。
それを見た三成は歯を剥き出して一度私の両耳を塞ぎ、それから耳自体を引っ張った。相変わらず容赦無い力加減だった。
「いててててててて」
「貴様のその態度が気に食わん!不満があるのならさっさと言え!」
「痛い痛い離して!」
あまりの痛みに批難の声を上げると、一度力を緩めたあとで思いっきり外側に引っ張られた。なんとまあ意地の悪い!
「貴様は中庸だ!だからこそ目の前の瑣末に引きずられる事は赦さない…!」
「ちょっと待って、一体何…」
「闇に堕ちるな、天に昇るな、貴様は人でいろ!顔を上げて平常を見ろ!」
いつもの如く主旨が分からない説教をされ、私はええ?と間抜けな声を出した。三成は歯を軋ませてこちらを見ている。
一体何を意味しているのか、彼は一体何が言いたいのか。必死で頭を回転させる。
まずおちるな、という言葉を思い出した。おちるな、堕ちるな、闇に堕ちるな。中庸は何にも偏らず、なににもならない平常を表す言葉。どちらにも染まらない私は二人の中庸、足跡に集中して気付かなかった三成との距離。視野が狭い、顔を上げろという忠告。考えながら口を開く。
「……ええとつまり、私が人に対して嫌な感情を向けたり、変に葛藤したりして、自分の感情に引っ張られちゃうことが三成は気に食わなくて」
「…」
「それで、うーんと……感情に引っ張られちゃう時っていうのは、大体ものすごく考え込んでたりして、視野が狭くなってる時だから…
…ええと、もしかして…あんまり思い詰めすぎないように……し、心配してくれてる?」
「………………!」
自分でも驚いた顔をしないでほしい。私だって自信が無いのだから。
「ああでも確かに最近考え事が多かったし、ずっと下向いて集中してることが多かったかもね。あんまり外にも出なかったし。三成が見兼ねるなんてよっぽどひどい顔してたんだろうなあ、ええと、うんと、貴重な休日に労わりのお気持ちありがとうございます、三成くん」
「…」
動揺した私は散々言葉を探したけれど、同じように動揺している三成は何も言わなかった。
ただ、小首を傾げて瞳を揺らし、何か言いたげに私をじっと見つめている。
違うなら違うとはっきり断言する彼が口を開かないのは、つまり、そういうことだ。
至近距離での視線に耐えられなくなったので、私は三成を追い越して走った。
普段は何も気にしないくせに、実は気にかけてもらえていたというのが心の底から嬉しかった。
だからなのか、さっきよりも身体が軽い。冷たい風が気持ちいい。駆ける喜びが芽生え、景色がとても綺麗に見えた。
しかしそれもほんの十数秒のことだ。
後ろから追いついた三成に襟首を掴まれ、容赦なく引っ張られた。
ぐえ、と潰れた声が出て一気に現実に引き戻される。
「勝手に走り出していいと誰が許可した!」
「すいませんなんとなく浮かれちゃって…うわやだ何やってんだろ恥ずかしくなってきた」
「そんな事はどうでもいい、貴様の立場は何だ!」
「同居人で中庸です、わかってますわかってます」
「そうだ!貴様が忘れるようならこの先何度でも刻み付けてやる…覚悟しておけ」
「はい!」
返事をしたあとにけほけほと咳をすると、彼は珍しく隣に立って私が歩き出すまで待ってくれた。
「もう帰る?そろそろ元就様も帰ってくる時間だし」
「…私は時々、貴様が女であることを忘れる」
「そういうのはやめてください三成くんさあ帰りましょう」
「貴様はそのままでいろ」
勝手にしろ、決して裏切るな、貴様はそれだけしていればいい。三成はそうやって命令口調で話をする。
彼のその発言には自分にとってそうなってほしいという願望が隠れているので、私は返事をせずにふふ、と笑って歩き出した。
私を決して裏切るな。それが彼の不可侵ルールだ。
だからこそ、確信の持てないことは返事をしないようにしている。
変わらないものなどどこにもないけれど、三成自身は変わらないものしか見えていない。
彼のその世界を壊すのが、なんとなく嫌だった。
「ただいまー」
「…どこに行っていた」
「あれっ、元就様今日帰るの早い!海見に行ってました」
「外出時は書き置きを残せと言っているであろう」
「すいませんー。っていうか聞いてくださいよ!今日三成から何回も理不尽な暴力を受けたんですよ!」
「暴力ではない、躾だ」
「躾か。それならば何も問題はあるまい」
「いやいやそこらの犬猫じゃないんだから…人!わたし人!」
「「…」」
「二人揃って貴様何を言っている?みたいな顔するのやめてよね、しかもそれ本気で思ってる時の顔だからね」
「確かに犬よりも従順さが足りぬな」
「猫よりも愛嬌が無い」
「うるさいそれほんとに二人に言われたくない!」
二人は私になんか興味はない。そういうスタンスで暮らしていけば、私は中庸になれる。
けれども時々こうして気に掛けてくれているのだと実感してしまうと、どうにも表せない気持ちが湧き上がる。
二人の中庸は難しい。けれども心地よくもある。
家のドアを締めながら、やはりこの二人と住む選択は決して間違っていなかったのだとじんわり実感した。