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官兵衛さんといじのわるいおはなし
「やっと帰ったか真昼星」
夕方、仕事から帰宅するとリビングに官兵衛さんがいた。テーブルの上は何やら資料で溢れ返っていて、彼の耳には赤鉛筆が掛かっている。
「ただいま…です。競馬が何かですか」
「違う違う、仕事だ仕事!」
「なぜここで仕事をしているんですか」
「三成がうちの部署に監査に来るという情報を掴んでな。面倒だからとこっちに移ってきたんだが……相変わらず凶王三成は足下がお留守ときた」
「つまり逃げてきたんですね」
「裏をかいたと言って欲しいね」
官兵衛さんは三成が勤める豊臣カンパニーの一員で、週に一度食料品や備品を届けに来てくれている。
送り主は三成の生活を案じている大谷さんや上司の半兵衛さんだ。
私たちが全員留守の場合もあるので、彼は会社のIDパスと引き換えにこの家の合鍵を持ってきていた。
聞くところによるとその鍵にはGPS機能が内蔵されているらしい。
「でもどっちみちGPSで居場所がばれるじゃないですか」
「小生をあまり見くびるなよ。鍵はもう一つある」
自慢気にチャリ、と見せられた鍵はいつも見ている物とは少し違っていた。
おそらく、どこかで差し型だけ複製をしたのだろう。こういった出し抜き方は彼の十八番だ。
「しかしまあ、お前さんも不用心だな。普通見知らぬ男の靴があったら空き巣か泥棒かと疑うのが普通じゃないのか?」
「あいにく共家ルールの中には『自分の身は自分で守る』というのがありまして、あの二人からそれなりの撃退法は教わってます」
玄関先から後ろ手に隠していた仕込み棒を出すと、彼はげげ!と肩を竦めて驚いた。
「いつの間にそんな物を!?」
「これだったら気絶させる程度ならできるみたいですよ。あの二人はもちろん全力で撃退するそうですけど」
「いやいやいやいや、そういう問題じゃないだろう!」
まったくなんて家だ!と苦々しく悪態をつく官兵衛さんに、私もそうですよね、と便乗する。
物騒なご時世とはいえこれはやりすぎじゃないかと二人に何度も苦言したが、
「貴様は私や毛利より脆弱だが、この家の一端は貴様のものだ」「自分の領土ひとつ守れぬ者に価値は無い」と妙に揃って説得されたので仕方なく受け入れた。
「お前さんも嫌なら一人暮らしすりゃいいだろうに」
「うーん、でもそんなに嫌じゃないし真っ先にそうしそうな2人が動かないので…あと家賃が安い」
「家賃の安さくらいであいつらと住める感覚が小生にゃ理解できんな」
「自分でもなんでなんだろう?って時々思います」
思わず笑ってしまうと、官兵衛さんがふうん、と片手で頬杖をついた。
本格的に話を続ける姿勢だ。もう仕事をする気は無いらしく、散らばった資料は煩雑に纏められている。
「で?お前さんはどっちが本命なんだ?」
「なんですか急に」
「この際だから聞いてしまおうと思ってな。三成と毛利、どっちが本命なんだ」
「官兵衛さんです」
なんとなく聞かれることは予想していたので、接客用の笑みを浮かべて答えた。
恋慕の情では無いものの、あの二人からの仕打ちや身に降りかかる不幸にも決してめげず、なんだかんだで面倒見もいい官兵衛さんは好きだ。だから嘘はついていない。
「奇遇だな、小生もだ」
「ご自身がお好きなんですか。けっこう自惚れ屋さんですね」
「ああそうさ、………お前さん、捻くれ者ってよく言われるだろう」
「天邪鬼とも言われますね。親しい友人には」
ハハハ、ふふふ、と乾いた笑いを二人で交わす。
「でも、どっちも好きです。もちろん官兵衛さんもですけど…なんというか、うまく言えないけど、ひとりで暮らすよりずっと面白くて、楽しいです」
そう言って笑うと、官兵衛さんはなんだか難しい顔をして低く唸った。やっぱりこの感覚はよくわからないらしい。
私を見ながらしばらく何か考えるように顎をさする。
「…お前さんのあだ名だが、『真昼星』ってのは朝の太陽にも夜の月にも属さず、なおかつ肉眼で見えるか見えないか分からん位置で全てを見ているっつー意味で付けたものだ」
「勿体無いあだ名ですね」
「いいや、そういう性質を持っているからこそあいつらと暮らせているんだろう。その場をよく観察して瞬時に戦略を練り、望ましい局面に持っていく。小生ほどではないが軍師向きだな」
「はあ…」
「まあ軍師うんぬんはいい。気になるのは、あいつらに理解を示すほどの知恵と孤独をどこで手に入れたかだ」
これには答えられず、首を横に傾ける。答える必要はない。
「…まあいいさ。お前さんの過去に深入りする気はさらさら無い。ただ、お前さんは今一度自分の価値を見直したほうがいいんじゃないかと小生は思うね」
「ご忠告どうもありがとうございます、サボりの官兵衛さん」
官兵衛さんは好きだが、自分の過去を詮索されるのは嫌いだ。
無理やり話に区切りを付けたところでバン、と大きな音が響いた。
「官兵衛ェ…貴様ァァァア!!!!」
「げっ、三成!なぜここが分かった!?」
監査と書かれた腕章をした三成が、土足のまま木刀を持って現れた。
相当おかんむりらしく黒煙のようなものが立ち昇っている。この状態は危ない。
慌ててテーブルの上の合鍵を三成に投げると、彼は官兵衛さんを睨みながらそれをパシリと受け取った。
「三成おかえり!仕事から帰ってきたら官兵衛さんが上がり込んでいました、手引きしてない証拠として合鍵を提出します!」
「なぜじゃあああ!!!真昼星、小生を裏切るのか!!」
「ごめんね官兵衛さん、この家は三成だけじゃなくて私のものでもあるので…あと防犯のためです」
「お前さんはつくづく日和見の鏡だな、磨かれすぎてとんでもなく眩しいね!」
「褒め言葉として受け取っておきます!」
「官兵衛、貴様に味方などいるものか!監査から逃亡するような馬鹿は穴蔵の底で一生秀吉様のために働け…!!!」
「それは断る!小生は自由に生きるんだよ!」
テーブルを挟んでじりじりと睨み合う二人。唯一の出入り口である玄関は三成が背にしているので絶対に抜けられない。
私は余計な事をしないように椅子に座ったままじっとしていた。
「甘いな三成!小生はな、今生でもツキの星を掴むまでは絶対に諦めないぞ!」
張り詰めた空気の中で、官兵衛さんはそう叫んでテーブルの上の書類を掴み、宙に撒いた。
私も三成も一瞬視界を奪われる。
彼はその隙をついて私の腕を引っ張り、人質のように抱えながら庭先のベランダへと移動した。
出る時に戸締りは完璧にしたはずなので、官兵衛さんが万が一のために開けておいたのだろう。
こう見えて用心に用心を重ねる男だ、と彼が以前自分でそう言っていた事を思い出す。
「官兵衛さん!?」
「こんな手荒な真似はしたくないんだが、あいにく捕まる訳にはいかないんでね!真昼星、お前さんにゃ小生のツキの星になってもらうぞ!」
「おのれ官兵衛…喜べ!……貴様は!たった今!死罪になった!!!縊り殺す!!!」
殺してやるぞォォォ!!と天に叫んだ三成が、ついに覚醒して黒煙を纏った。
ギラギラとした赤い目がこちらを睨む。怖い。この世の地獄だ!
「官兵衛さん逃げて!多分逃げ切れないけど絶対逃げて!」
「言われなくてもそうするさ!!」
私を三成の方へ突き放し、官兵衛さんはベランダから外に出た。
三成にぶつかりそうになった私はするりと避けられ、テーブルに無様に突っ込む。
振り返ると、彼らはもういなかった。
結局、官兵衛さんは三成に捕まったらしい。
会社の地下、社員の墓場と言われる庶務二課に謹慎配属3ヶ月。
しかし逃げている間はあの手この手で三成を翻弄したのか、帰ってきた三成は珍しく少々疲れていた。
「!なぜ私に通報しなかった!」
「三成なら絶対に気付くって信じてたので」
「…呑気に無駄口を叩いていた貴様も同罪だ!今後官兵衛との接触を一切禁ずる…!」
「誰かさんが土足で歩き回った所を全部掃除したことを考慮してくれなきゃ不公平だよ」
「そんなことはどうでもいい!」
「どうでもよくない。合鍵だって渡したし、官兵衛さんが散らかした資料だってわざわざ会社まで届けに行ったよ。
ご近所が何事かと外まで出てきちゃったから謝ったりしたのも全部わたしなんだけど、それも考慮してくれなきゃ全部貸しにするよ」
貸し借りを作る事を嫌がる三成にこうした交渉をするのはとても効果的だ。
彼は見るからに不機嫌な顔になったが、しばらくしてから「…3ヶ月だ。3ヶ月口をきくな」と小学生のような事を呟いた。思ったよりも軽くなったので、微笑んで頷く。
それから色々と雑務と会話をして自分の部屋に戻った。
ふうと一息ついてから引き出しを開け、中から鍵を取り出す。
実はあのとき、三成に渡した合鍵は私が持っている方の合鍵だった。
官兵衛さんが作ったものは今ここにある。
この先鍵の管理はさらに厳重になると聞いているので、もう誰一人官兵衛さんが自由に使える合鍵は存在しないと思っているだろう。
彼らを騙すような形にはなるが、これで何か起きた時、官兵衛さんとの交渉カードになる。
3ヶ月の縛りが解けたら最初になんて声をかけようかな、と鼻歌交じりに鍵を宙に放った。